| 3.質量の測定 定量分析は試料と目的物の量の関係を追及するものですから,質量の測定は他の測定項目より常に一歩精確である必要があります.もともと質量はキログラム原器という正確極まりない標準から派生したものですが,これから分量によって手ごろな大きさの分銅を作り,はかりの目盛りの標準化をしています.しかし分銅を小さくして行くと分量作業のつど誤差が蓄積し,表す量に対する相対誤差が大きくなります.同じ質量の分銅でも使用目的によって許される相対誤差の厳しさは違いますので,JISではいくつかの等級に分けて分銅を管理しています. 現在有効なJIS規格では1994年に制定されたOIML (Organisation Inter nationale de Metrologie Legale)−R111の国際規格を準用しており2),要求される質量の不確かさに応じてE1, E2, F1, F2, M1, M2, M3の各級があります.表1に10 g以下の分銅の最大許容誤差を示しますが,微量分析では勿論E1級の分銅を用いなければなりません.
JISではさらに「拡張不確かさ」が最大許容誤差より小さいことを要求しています.拡張不確かさUは普通95%の確率でそうなる範囲を意味しますので,標準偏差σの2倍の範囲です.すなわちU = 2σですから,5gのE1級分銅については表1から2σ≦ 0.015 mgとなります.言い換えればこの分銅の 95%が0.015 mg以下,68%が0.007 mg以下の誤差であることを示します.相対誤差としてはそれぞれ3×10-6,1.5×10-6ですから随分精確な分銅と言えます.なお標準偏差や不確かさなど統計用語についてはこのホームページの解説記事「 5.分析値の信頼性」に詳しい説明がしてありますので参照してください. 質量の体系はキログラム原器を基準として,精密なはかりによる分量で少分銅までトレーサビリティが保たれています.最近は電子はかりの中に標準となる内蔵分銅が組み込んであって,ボタン操作で表示が校正されるようになったものが多いのですが,便利なだけに質量の真の姿にルーズになっている反面があります.内蔵分銅はほこりなどを蒙り難い状況にありますが,化学工場などでは腐食ガスが侵入する場合も考えられ,分銅質量が変化する可能性は捨て切れません.少なくとも年に一度は外部の参照分銅を用いて表示質量との差をチェックする必要があります.外部の参照分銅は保証つき校正用分銅をはかりメーカーから入手することができ,この質量値を入力してから分銅を載せると自動的に校正された質量を表示するようになります. 質量の校正ははかりの最大荷重で行われるのが普通ですが,それで途中の荷重まで校正されたとは言い切れません.はかりの直線性が問題となりますが,原則としては最大荷重の25%, 50%, 75%の校正用標準分銅で3点をチェックしなければなりません.実際にはそこまで準備のある分析室はないと思われますので,メーカーの定期検査で確認をしてもらうのがよいでしょう. 現在微量分析では試料のサンプリングが主要な手仕事ですが,この小さな作業中にいろいろな分析誤差の原因が含まれています.まず挙げられるのはサンプリングには必ず2回の計量が伴うことです.白金ボートなど容器の計量を行った後,試料を入れもう一度計量して両者の差をとるので,採取した試料量にははかりのばらつきが2回取り込まれます.はかりの標準偏差がσであれば,その不偏分散はσ2で,2回重なると2σ2ですから,試料量の標準偏差は (2σ2)1/2 = 1.42σ となり,はかりのばらつきより4割ほど大きくなります. はかりの示す質量値は,校正に用いたステンレス鋼の密度(8 g/cm3)と同じ密度の物体の質量を表します.これは空気の浮力が等しいからですが,われわれは有機試料を専ら対象とするので,密度は1g/cm3かそれ以下が普通です.密度が小さいと浮力が大きくなり,実際の質量より軽く測定されます.どのくらい軽くなるのかを計算しますと,測定物の真の量をM,はかりの表示量をMw,測定物の密度をρg/cm3,空気の密度を0.0012 g/cm3として,次の式が成立します. M = Mw { 1+ 0.0012 ( 1/ρ−1/8 ) } { }内の第2項が浮力補正係数で,任意の物体密度に対する補正係数を図1に示
最近測定物の密度をはかりに入力して,自動的に補正計算をする機種もありますが,毎回測定物の密度を推定しなければなりませんので,面倒という方が多いようです.しかし品質管理など同じようなものを測るときは便利でしょう.有機微量分析では補正係数も+0.001とほぼ一定ですからこの機構を利用するのがよいはずですが,あまりこの補正は実行されていません.自動分析では標準試料の成分含量から検出感度を求めるので,感度の中に補正係数も織り込みずみということでしょうか.しかし物質計量の筋目としてはこの浮力補正をすべきことを知っていなければなりません. 試料をはかり取ってもそのあと揮発して減量するものがあります.
ナフタレンやヨードホルムは強い匂いで揮発性が分かりますが,バニリンは香気の割にあまり揮発しません.安息香酸は純度の高いものが得られるので標準試料に用いられますが,意外に揮発性の高いことが分かりました.フルオロアセトアミドは含フッ素標準試料として以前用いられましたが,毒性が強く現在は使われていません.しかしこの化合物は全く無臭にもかかわらず,ナフタレンに近い揮発性を持っています.揮発性は臭いだけでは判定できないようです.揮発性をチェックするには一度試料を計量して,10〜20分後にもう一度測りなおして殆ど差がなければ揮発性なしとしてよいのですが,数μg以上あるようであれば一応揮発性物質として扱わなければなりません. 揮発性試料の採取はアルミニウムまたはスズ箔に包むのが一般です.いずれも融点が低く,燃焼管の温度で酸素とともに燃焼します.酸化アルミニウムや酸化スズを灰として残しますが,キャリヤーガスに流されて燃焼管充填物の表面を徐徐に覆うので活性低下の心配もあり,時々充填物の更新をしなければなりません.試料を金属箔に包む道具が分析装置のメーカーからいろいろ提供されていて,手ごろなものが選べます4). オートサンプラーに装填した試料は分析処理の順番がくるまで待っていることになりますが,器械の構造によっては室温よりかなり高くなることがあります.金属箔に包んでも温度が高いと試料の蒸気圧が上がり,気化してカプセルの隙間から逃げるので,この場合は熱分析に用いるアルミパンでシールするのが安全です.シーリング用の装置があります.気化する試料を気化しないように封鎖するのもよいのですが,予備試験で10分あたりの減量を測っておき,待ち時間に応じて試料量を補正するのも簡単でよいでしょう.また極端に気化する試料を金属箔で包んでも減量するものは,やはり減量の補正をしたほうがよいと思われます. 液体試料の気化は昔から厄介な問題でした.精油など気体に近い液体はガラス毛細管に封じ込め,分析直前に開封して試料ボートに載せる方法がありますが,原理的には減量がないので補正の必要はありません.揮発性があまり無ければ金属箔に包む方法も採用できます.しかし一番確実な方法はアルミパンに封入することです. 吸湿性試料は水分を取り込むので試料物質のトータルの組成が変わります.通常は試料乾燥器で脱水したものをサンプリングするのですが,はかりですばやく計量してしまえば後で増量しても水が増えただけですから,試料本体の炭素や窒素値に影響ないと言えます.ただし水素値が少し大きくなるかも知れません.計量中またはその後に増量した水分量が分かっている場合は,計算によって水素値の補正をすることができます. 水素測定値% − 水分量×(2.02/18.08)×(100/試料量)% 動いている水分量ですから,この計算は近似値になりますが,乾燥試料の水素値に近づけることはできます. |
| ←BACK | →NEXT |