5 水晶と石英

5.1 水晶

 石英とは石の優れものという意味ではないかと思われますが,この中でも水晶は際立っています.自然物なのに見事な結晶体でそのままでも鑑賞できますが,その上ダイヤモンドのように小粒ではないので,これを加工していろいろな光学部品,電気部品に利用しています.地球の構成元素は46%が酸素で,ケイ素はその次の28%と言われますから,二酸化ケイ素の結晶である水晶が多く採掘されたのは当然です.地中深く高温高圧に保たれた二酸化ケイ素が長い年月をかけて結晶化し,地表に押し出されたものをわれわれが採掘しているわけですが,自然の恵みの有難い材料として粗末に扱うことができません1−p485), 2)

 水晶が分析化学で身近なものになったのは紫外可視分光光度計のプリズムからです7).透明度が高く,紫外線を吸収しない素材として水晶が選ばれたのですが,最初はスペクトルの分散をよくするため正三角形のプリズムを用いました.しかし水晶は複屈折で屈折率の異なる常光線と異常光線の二本の光に分かれる現象があり,このため結晶軸の反対な右水晶と左水晶を貼り合わせて正三角形とし複屈折を消去しました.ところが1862年リトロー(O. Littrow)は30°頂角のプリズムの一方に鏡面を施し,入射光と出射光を折り返して複屈折を消去する方法を考案しました(図9).光路系の長さも水晶の量も半分ですむのでよい考えです.これをコンパクトな分析用光度計に組み込んで実用に供したのは1941年ベックマン(A. O. Beckman)ですが,第二次大戦後まもなくわが国に輸入されたときは,その機能のすばらしさに分析化学者,有機化学者の話題を集めました.

 少々後手にまわりましたが,ベックマンの分光光度計は忽ち器用な日本人の手で国産化され,輸入品に負けない器械が続々現れました. このためプリズム用の水晶が随分使われたかと思います.しかし時代の流れは分光器用プリズムの需要を次第に枯らせてしまいました.それはレプリカ法による回折格子の出現によるものです.回折格子そのものはガラスの表面に1mmあたり1000〜2000本の微細な溝を平行に切った四角の板ですが,物理学の領域で大分古くから使われていました.ところが加工が極めて難しく,一枚を得るのに甚だ高価なものにつきました.その後この回折格子が一枚の原版からレコードと同じようにプラスチックのプレスで量産されるようになり,水晶プリズムは価格的に対抗できなくなりました.現在実用分光光度計は殆どレプリカ法の回折格子を用いています.

 プリズム式分光器はすっかり衰えましたが,幸い水晶のもっと華やかな需要が開けています.その大部分は人工水晶で2-p25),エレクトロニクス関連の部品として供給されています.人工とは言っても出来上がったものは天然のものと同じか,むしろ欠陥の少ないものです.プリズムのように目につく存在ではありませんが,われわれの周辺で無数の水晶が使われています.電子時計はアナログ表示とデジタル表示がありますが,中で時間を刻んでいるのは水晶の振動子です.時計の形をしていなくても電卓,通信機の発振回路や電子機器のICチップの中に組み込んであります.
 
 水晶が振動するのは圧電現象によります.結晶体に外から力を加えると内部にある正電荷を持ったイオンと負電荷を持ったイオンが位置のずれを示すため,結晶の両側にプラスとマイナスの極を発生します.特に水晶,酒石酸ナトリウムカリウム,チタン酸バリウムが有名です.ガス湯沸し器の自動点火はチタン酸バリウムの焼結体をバネで叩いて高電圧を作り,その火花で着火しています.

 水晶の板に外から力を加えて歪ませるとその両端に電圧を発生することは,逆に水晶板の両端に電極を設け,外から電圧を加えると結晶は歪みます.歪みは回復しようとしますが,もとの位置には止まらず,少し行き過ぎてから帰ってきます.すなわち振動を始めますが,もし電極の両端に増幅回路を設けて出力の一部を水晶にもどすと振動は持続します(図10).この振動周期は水晶の結晶から振動子を切り出す方向と立体的な寸法で決まりますが,細かいところは最後の仕上げで調整します.切り出す方向だけでも随分種類があってそれぞれ目的によって使い分けをしています2−p67)(図11).

  水晶発振子の振動数は極めて正確ですが,100kHz以上と高周波領域ですから,電子回路で計数しながら1kHzに落とし,同期モーターを使って時計の針を回します.この時計の精度は10-8〜10-9で従来の機械式時計の上限10-6を遥かに凌ぐものです.

 電子時計はわれわれの周辺で見慣れたものになっていますが,この他にも水晶発振子は無数の電子回路に組み込まれて動いています.電卓やコンピュータのCPUも水晶発振子の動作周波数で乱れなく演算機能を発揮しています.家庭電化製品や携帯電話も例外ではありません.小さな優れもの水晶はハイテクを支える重要な素材です.

 天然水晶の枯渇に伴い,人工水晶の製造がこれに変わりつつあります2-p25).屑水晶や純度の高いケイ石を高温高圧のオートクレーブの中でアルカリと共に溶融し,この中へ種水晶を入れて放置すると自然対流の結果純粋な水晶が種結晶の上に成長します(図12).一度アルカリに溶けたケイ酸イオンが脱水しながら水晶になるので,いわば溶液内での再結晶が行われたことになります.成長後オートクレーブから引き上げると,天然水晶よりもっと純粋で欠陥の少ない人工水晶が得られます.ただしこの製造技術は一回の引き上げまでに一ヶ月近くかかり,その間微妙な管理が必要で,高度のノウハウが求められるそうです.この技術については現在わが国が世界をリードしていると言われています.
 5.2.石英ガラス

 水晶は極めて高い温度に耐えるので,高温の化学処理や燃焼管を作るのに有力な素材でしたが,水晶自体を熔かす高温技術がなく,実現が遅れました.ようやく1900年代に入って炭素電極が使われるようになって工業的に製造されるようになりました.石英板や石英管などいろいろな加工品がこの頃から市場に出回るようになったと思われます.プレーグル(F. Pregl)も初期のテキストには燃焼管用ガラスとしてSupremaxを使うと書いていますが,まもなく石英燃焼管を使用するよう改めています8).水晶を熔かして固まったものは石英ガラスで,もはや結晶の性質を失っていますが,軟化点が高いので燃焼管など高温作業の必要な分析化学にとって不可欠な材料です.また透明度が高いのでいろいろな光学部品に加工されています.

 光学領域で広く使われる石英製品は吸光分析用セルですが,200 nmから800 nmの紫外可視分光光度計の角型セルや液体クロマトグラフ装置のフローセルとして用いられています.紫外透過は200 nm以下でもありますが,溶媒の吸収端が水で200 nm,エタノールでは215 nmですから使えるのはこのあたりが短波長限界です.角型セルの標準は光路長1 cmですが,製作精度は1/1000ほどを目標にしています.セルの組み立てはノウハウがあり,治具を用いて光路長を確保しながら溶接しますが,最近は溶接をせず,精密研磨して擦り合わせで組み立てる方法がとられるようになったと言うことです.光路長は0.5 cmから長いもので5 cmまでありますが,吸光度が光路長に比例するとは限りませんので,検量線はそれぞれのセルで作り直さなければなりません.セルの内面反射や光の分散などが長さによって違うからです.

 さて石英燃焼管は微量分析の根幹とも言うべき大切な材料です.充填物を詰め,高温に加熱して気化した有機試料と反応させる場ですから,石英燃焼管はただの容器ではなく,いろいろな熱化学反応を行う化学物質でもあります.化学的には純粋な二酸化ケイ素ですから,高温でアルカリやアルカリ土類元素と触れると,接触面から内部に浸透し,ケイ酸塩となります.初期の元素分析ではガス炉で温度が十分でなかったため,酸化銅にクロム酸鉛を混ぜて酸化力を高め,充填しました8).しかしクロムや鉛が石英に触れると表面から内部に浸透し,これもケイ酸塩となりますから,熱膨張係数が大きくなって加熱,冷却時ひび割れを生じます.また比較的融点の低いクロム酸鉛が石英管に融着して充填物の更新も出来なくなることがよくありました.

 現在は電気炉で900℃前後が普通になっていますので,酸化銅,酸化コバルト,酸化タングステンなど高融点の充填物が使われ,石英管との反応は大分軽減されています.また充填物の前後に古くは銀線を丸めて押さえとしていましたが,当時はハロゲン除去の効果を期待していたものの,あまり有効でなく,むしろハロゲン銀となって融解して石英管に深く浸透し,折損の原因になっていました.現在はこれも石英ウールにかわり,随分石英管の寿命は延びています.

  分析試料を燃焼したとき,試料に含まれる金属性元素や不揮発性元素が問題となるケースが増えています.ナトリウムを含む試料が割合に多いようですが,燃焼時飛び散ったナトリウムは石英管内面でケイ酸ナトリウムとなり,これはソーダガラスと同じですから膨張係数も大きく,燃焼管の内部と表面とでストレスがたまります.たびたびアルカリ金属を含む試料を分析しているとひび割れや最後には折損ということになりますが,そこまで行かなくともピンホールに似た信号トラブルが起こるかも知れません.アルカリ金属を含む分析試料は,試料ボート内で酸化タングステン30 mgを加え,タングステン酸塩として固定しなければなりません.

 近年機能性物質を創製する目的であまりなじみのない元素を含む有機化合物が研究されています.周期律表を見ればいくらでも候補がありそうで,そういった試料を分析することもこれからあるあると思われます.そろそろ対処方法を考えなければなりません.限られた範囲ですが,特殊元素試料の分析法の記述9)と奥宮氏の一覧表10)が役にたちます.

 金属元素を含まないはずの試料でも,実際には不純物としていろいろな金属元素が紛れ込んでいて,燃焼時石英管の内面に汚れとして飛散,付着します.一回の汚れは大した量ではありませんが,近ごろ一日の分析回数が増えているので蓄積量は無視できません.分析室の所属する事業所によって取り扱う試料中の無機不純物の種類や量は異なると思われますが,工業生産物や自然物では一度灰分を重量法で調べておく必要があります.

 結果として燃焼管の汚れは仕方がないのですが,この汚れは燃焼管を抜けて検出器のほうに洩れる可能性があり,できれば燃焼管の中にとどめて置きたいものです.燃焼管の充填物の取替えが汚れ落としのチャンスですが,燃焼管を空にして尾部にゴムキャップをはめ,濃硝酸を少量入れて回転しながらガスバーナーで暖めると,少なくとも表面のアルカリ分はなくなります.汚れをもう少し落とそうとするとフッ化水素酸を二倍に薄め,内面を潤して常温でしばらく放置すると,燃焼管の内面が僅か溶解して汚れはほぼなくなります.ただしフッ素処理をしたものは内面が次第にすりガラスのように曇り,中が見えにくくなりますので,あまり繰り返しはしないほうがよいでしょう.

5.3 その他の石英製品

 石英ウールはアスベストに代わって燃焼管や吸収管の充填物の押さえによく利用されています2−p190).高温に耐え,かつ弾力性があるので充填層が緩まない特長があります.通気性がよく,ガス流量の大きい装置にも向いています.溶融した石英をノズルから出る高圧空気で吹き飛ばしウール状にしたものですが,工業品ですから,希硝酸で洗って乾燥しガラス瓶に保存します.

  石英を線状に引き伸ばしたものは光ファイバーとして通信伝送に利用されます2−p130).一本のファイバーで多数の電話回線を収容できるので,これからの通信メディアの主役になろうとしています.標準的なファイバー径は125 μmで,図13のように中心に石英のコアを,周辺部にフッ素などをドープしたクラッド層が形成されています.クラッド層は屈折率がやや小さいので,光はコアとクラッドの界面を全反射しながら前進しますが,距離と共に減衰があり,ところどころで中継増幅しなければなりません.それでもわが国の電話幹線は今や北海道から九州まで延べ12.000 kmを光ファイバーのネットワークで結んでいます.電線や電波と違って雑音や妨害を受けにくいので質の良い信号の伝達が可能です.

  光の透過性のよいことと高温に耐える特性から,各種ランプの発光管に石英が使われています2−p121) .ハロゲンランプや水銀ランプは強力な照明の光源として広場や街灯に多数用いられていますいが,高出力のも のでは発光管が1000℃近い温度になるものがあるようです.またキセノンランプなど点燈中20~30気圧になることもあり,作動中の耐圧性も石英の長所です2-p121)

  半導体集積回路の生産に回路パターンを描いたフォトマスクが大量に使われますが,その基材は紫外線透過のよいことと,泡や異物のないことが絶対必要です2-p143).石英板がマスク基材に使われますが,この上にまずクロム膜をコーティングし,電気回路に沿ってクロム膜を除去しておきます.これを紫外線で十分の一ほどに縮小してパターンを半導体チップに焼付けます.出来上がったチップの電気回路の幅は時代と共に精細となり,最近は1μmから0.1μmほどになっていますので,マスク基材の泡,きず,異物など光を遮るものがあっては,出来上がった半導体チップの電気回路が切れたり動作が不良ということになります.全く欠陥のない超高純度の合成石英を用いたフォトマスクがここでは必要とされます.

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