5.荒神口

 京都御所のすぐ東に荒神社があり,ここから東に出る道を荒神口と呼んでいます.鴨川を渡ってさらに東へ進むと,白川から峠を越えて琵琶湖
京都三宝清荒神
に出られますので,白川口とも呼びますが,荒神口というバス停があり,鴨川に荒神橋が架かっているので,荒神口のほうが馴染みがあります.荒神は正式には三宝清荒神(さんぼうきよしこうじん)で,本体は火のように荒ぶる神様ですが,祟りがきついので大切に祀らなければなりません.その代わり厚く祀れば強い守り神になってくれます.民間では竈の安全を守る神として,また火除けの神として尊敬されています.呼び名は神社のようですが,れっきとした天台宗の寺院です.三宝とは佛,法,僧を意味しています.仏像のある本堂の前には大きな石の鳥居が立っていて,何とも不思議な感じですが,昔の神仏習合の名残でしょう.うっかり鳥居を外したりすると,荒神様の祟りが来るのでそのままにしてある様な気がします.小さな寺院ですが,「日本最初清荒神」と門の傍に大書してありますから,由緒は相当古いものに違いありません.

 白川は比叡山の南麓から流れ出す川で,銀閣寺から祇園の方に向かっていますが,比較的上流の区域を北白川と呼んでいます.ここは前述のように京都盆地で一番早く集落が出来たところで,縄文初期の土器や甕が多数出土します.時々洪水で集落が流されたようで,鴨川の方角に土器が散らばっています.京都大学が洪水の跡にあるので,新しい建築物の工事が始まるとすぐ古代遺物が出てきて,工事は中止となり,調査が終わるまで半年か一年待たされます.また白川は名前の通り美しい白砂の産地で,京都の高級な庭作りには欠かせぬ材料です.現在は採取が制限されていますが,盆栽などには少量でよいので値段が高くても使うと品が上がります.

 白川を上流の方へのぼって行くと山中町という古い集落がありますが,狭い道筋なので迂回して自動車道路が走っています.山中町から峠を越して琵琶湖に出る近道ですが,古くから山中越えと称しています.室町時代の太平記にもこの名が出てきますが,織田信長は何度も琵琶湖から都入りするのに山中越えを利用しています.山中越えはかなり高い峠ですから,鎧,兜の軍装ではきつい行程であったと思いますが,東海道で瀬田から大津を経て来るより時間的にはずっと早かったでしょう.信長らしい戦術です. 

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